河童伝・第三話「名を呼ばれぬ河童」/板谷みきょう
 
ない。あっちの」

川面に映った影が、口を動かさず、問いかけてきたのだと。

……おまえたちは、まだ、わしを使うのか

村は、ようやく気づきました。

名を呼ばぬということは、忘れることではない。

忘れたまま、助けだけを欲しがることだと。

その夜、村人たちは集まり、初めて声に出して、三郎の名を呼びました。

祈りではなく、願いでもなく、ただの呼びかけとして。

すると、不思議なことに、川はそれ以上、痩せませんでした。

水位は低いまま。しかし、底が見え、流れは澄んだ。

安心できる結果でした。

……けれど。

翌朝、川辺に、もう一つの足跡がありました。

三郎のものではない。

皿の跡もない。

それは、三郎の影を“見ていた側”の足跡でございました。

名を呼ばれぬ河童が現れたとき、
次に名を持たぬものは、何を奪いに来るのか。

村はまだ、それを知らなかったのでございます。

[グループ]
戻る   Point(1)