ちち/凍湖
 

冷めていく湯船のなかで
おのれの乳房をそっとゆすった
もうすぐなかみをかきだして
平らかになるはずの胸
いちども母乳を分泌することなく消えていく乳腺
そのための準備を数年かけて行ってきた

麻酔から醒めると
アイドルが同じ手術をしたとニュースになっていた
ひとの胸に幻想を投影し騒ぐ世間をみて
ああ、別れてよかったと心の底から思った
わたしの胸にはもはやなにもつまってなかった
それが心地よかった
ちちとちの支配から逃れて
この平らかな皮膚はわたしだけの凪なのだ
しずかな夜の訪れだった
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