動き続けてはいるが解釈は異なる/ホロウ・シカエルボク
 

轢死のような夜を過ぎて、細胞たちは摩耗していた、気分の萎えた腕みたいにだらりと垂れ下がったカーテンを殴るように開いて、狂信者のような八月の太陽を部屋に迎え入れる、間髪入れず始まる灼熱のパレード、それでも何も考えなくて済む分幾らかはマシだった、味気無い汎用型の住宅の壁や電柱に止まった蝉たちが軽く音合わせを始める、積み上げてある紙コップにインスタントコーヒーを入れて電気ポットの中で沸き立っている湯を流し込む、溶けて広がっていくその景色に奇妙なシンパシーを覚えるのは良いことなのか悪いことなのか、うんざりするほど同じ景色が続いている、ルーティンにしないための努力は欠かさないけれど時間的な限界というもの
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