COME TOGETHER。/田中宏輔
が、起床時には存在していないからである。したがって、ロゴスは、自我は、と言ってもよいが、少なくとも二種類はあるということだ。
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洗脳について考える。ある連関のある言葉でもって、人間を言葉漬けにするのだが、それによって、ロゴスが、ある働き方しかしないように仕向けることは容易であろう。家庭生活、学校生活、職場生活、それぞれに、洗脳は可能だ。ロゴス、あるいは、自我の数が増えたぞ。
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あるいは、洗脳は、別ものと考えようか。そうだとしても、意識領域においても、自我が一つであるというのは、考えにくい。違った状況で違った見解をもつということだけではなくて、同じ
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