海と狭軌/森 真察人
 

この車両の行く狭軌(きょうき)に
ひとひらずつ睫毛(まつげ)を忍ばせる
車輪がそれらを切るとき
すこし揺れる車体に僕は
もっとも遅く歩むものが
もっとも遠い所に行かれるのだと
あなたが僕を戒めているのだと思う
  けれど睫毛は事の始めから
  そこに隠れていたのだ
  たまたま僕を載せた車両が
  そこを定められたように揺れたのだ

水平線が見えてくる
海には霧が在り
水夫が惑いつつ
明かりのある方へ急ぐ
  僕は本を閉じる
  車窓から差す月明かりは白く
  櫂(かい)のつくる波が天井にうつる

霧の上で
鎧柱の鳴る時間
春の曲線を烏が羽ばたき
あなたは少女のかたちを降りて
僕に這入(はい)りこんだり
女の姿をして
僕の前にあらわれたりする
  僕は電車を降りる
  ボリビアのこの地の精霊を
  あなたがそうするように
  弔うためにのみ

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