恋心/福岡朔
 
「食べにくいけれど どうぞ」
そう云って彼女がくれたのは恋心だった

善悪を知る実のパイかな
僕の朝食に間に合うように
夜明け前からオーブンを温める彼女がありありと浮かぶ
切り分けた果実を慕情のシロップで煮て
秘め事を重ねたパイ生地で包んで焼く
自分がそれをもらう日が来るなんて
焦がれていたけれどもちょっと予想外だった

確かに食べにくい 彼女の恋心
善悪を知る実のフィリングが胸にこぼれ
シナモンとラム酒が香りたち 僕は酔う
お行儀良くなんて食べられなくて
かぷりかぷりと三くちで平らげてしまった
蜜にぬれた指をなめて 
パイ屑が散ったシャツに幸せな苦笑をおくる

パイを食べる作法は
ほんとうは本に載っているのだろうけれど
恋心の正しいいただき方 なんて 
きっと誰も知らない


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