海の底にて/由比良 倖
 
、もう殆ど雪崩を起こしかけていたし、床上では一面に拡げられた本が、物語や詩や思想や宗教や芸術のページの渓谷を成していた。真由はその谷間に毛布を丸めて、その上に、本の国の神さまみたいな格好で座っていた。
 唯一、部屋の隅にある背丈ほどの本棚だけが、真由が中毒を起こしたみたいに本を買い漁り始める以前、この部屋にあった秩序の名残をとどめている。そこにはいま日が差して、フランス語の詩集には小さな虹が架かっていた。
 ある朝早く真由は「分かったの、何もかも分かったの!」と言って、その日の内にリュックサックいっぱいの本を買い込んできたのだ。でも、何が「分かった」のか、いまだに僕には説明してくれない。
 
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