数式の庭。─前篇─/田中宏輔
 
いると
つぎつぎと自分のなかから
自我が消失していく感覚に襲われた。
わたしは
数式の庭に背を向けて
いそいで立ち去った。

 *

手を離しても
落ちないコップがある。
わたしが名辞と形象を与えた
ひとつのコップである。
存在する
存在した
存在するであろう
すべての名辞と形象を入れても
けっして満ちることはないコップである。
これを手にして立つわたしをも
わたしが存在している数式の庭ごと
そのコップは
なかに入れることもできるのである。

 *

数式の花の美しさに見とれていると
しばしば自分がその花そ
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