幸福論/英田
 
る。
「家族を養うことはあなたにはできないとおもう」
 彼は弓を引くように目をほそめてなにもいわない。
「ズルいことが嫌いなの」
「でも君は婚約者がいながら僕と身体を重ねてる」
「わたしのかわいい人はそんなこと知っているわ」
 パチリと開かれた彼の目の底を今度はわたしが射ぬくように眼をほそめる。
「ズルい」
 彼の表情全体が弓なりに歪む。その顔にフカフカの枕をボスンと落とす。
「あなた、最後までかわいくいなさい」
「そしたらわたし、またあなたのところに恋をしに行くわ」
 そういい終えたわたしはベットのスプリングをボヨンと揺らして立ち上がり部屋を出た。閉じた部屋の扉にフカフカの枕のぶつかる音がして耳に残る。わたしはその音を消すようにヒールの踵を地面におとす。

 わたしはわたしのかわいい人に幸福を教わろう。そう思います。
戻る   Point(0)