キキコ/田井英祐
全然思い出せん。だから、今年はもう一つ願い事を増やすことにした。「何事も忘れないこと」。これや。
大晦日の夕暮れ、家の前からブレーキ音がし、車のドアが開いて閉じる音がした。僕が眠い目を擦り炬燵から抜け出て立ち上がると、台所で年越し料理を作っていた割烹着姿のキキコが居間に入って来て僕のスーツの前を正す。チビのキキコはつま先立ちになって手を精一杯伸ばし、僕の襟元の裏に手を入れて直す。倒れそうになるからキキコのふっくらと大きくなったお腹に手を回して支えてやった。キキコは僕を見あげたまま言う。
「うちらが人の道に外れたんやから、ちゃんと謝らなくちゃダメ。短気は損気やで。」
「せやから、これ着とるんや
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