のらねこ物語 其の二十七「朧月」/リリー
「あらぁ、この猫、食いしん坊なのかしらね?」
汁かけご飯の無くなった皿なのに、舐め回しているトラに
おゆうは不思議がる
かつて、川越宿の茶屋で捨て値でも三百両という
柿右衛門の逸品の鉢で食べていたトラである
しかし、トラからすれば おきぬが自分の為に
用意しておいてくれたアワビ皿は
どんな名品より、いとしく思えたのであろう
皿から顔を上げたトラは元気の無いおりんへ
「ミャー。ミャア。」
と鳴く
「ごちそうさまって云ってるのかしらね?」
「そうかもねぇ。また、おいでね。」
笑って話すおゆう
おきぬの右手で頭撫でられるトラは
川越宿から旗師に貰われて以来、おりん達に出逢う迄
人にすり寄った事も頭を撫でさせた事も
無かったのである
冴えない表情するおりんへ顔を向け また
「ミャー。」と鳴くトラ
「ちょっとぉ、この猫さ、あんたんこと好きなんじゃないの?」
肘でおりんを突つく おゆう
おりんは ふと空を仰ぎみる
ぼんやりと霞む月が、
心うつす鏡のように思えたのであった
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