のらねこ物語 其の十四「金魚玉」(三)/リリー
うらやましそうに見てたろう。
目を輝かせる おりんへ
手渡す清吉は沈んだ口調の小声で話し始めた
君は、どことなく妹に似てるんだよ…。
妹は十歳で上州の旅籠屋へ奉公に出されてしまってね。
三年経った去年から便り途絶えて、もう消息すら
分からなくなってしまったんだよ。不憫でね…。
清吉は農家の出で、丁稚奉公に出た先の商家で気に入られ
近江屋が手代として引き取った幸運な男だった
黙って聞いていた おりんは自分と一つしか歳の違わない
清吉の妹を思い 目頭が熱くなった
ビイドロの鉢に泳ぐ小さな赤が、ぼやけて見えるのだった
そこへ 勝手口から
残飯入ったアワビ皿持つ おきぬが戻って来た
「おかしいね…。今晩もイワシの姿見えないわぁ…。」
去年、霜月に飼い主の茂六さんが亡くなっていたのだ
注1)申の刻=十六時のこと。六ツ半=十九時のこと。
注2)上州(群馬県)の旅籠屋=草津の湯の温泉宿のこと。
江戸時代、温泉番付でも東の大関と言われた。
戻る 編 削 Point(4)