愛しているもの/妻咲邦香
毎日毎日
目にしているのに
行ったことのない場所がある
立ったことのない土地がある
踏んだことのない石がある
電車がやって来たけれど
それは反対側のホームだった
知っているのに知らなかった
知っているものの中に
知らないものが隠れていた
そして
どんなに多くを知ったとしても
知らないことの多さは追い越せない
絶対に追い越せないのだよ
愛しているといくら口にしたって
この世界には、愛してないものの方が多い
愛しているものは、愛してないものに
ぐるりと取り囲まれている
取り囲まれて、そして
輝いている
愛してないものは
愛される時を待っている
時間は薄情だ
全部を愛し切らないうちに
私たちはここを去らねばならない
さよならも満足に言えないままに
また電車がやって来た
今度は私の乗る電車だ
反対側のホームで
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