めーとる/妻咲邦香
といっぴきの羊が
ぼくのてのひらをちょぷちょぷと
なめていた
そのはなしをだれかに話したのは
さんじゅうねんごのこと
生き残るときめて、スカートめくりもばからしくなった頃
ふるい喫茶店がとりこわされた
そんなニュースが新聞のかたすみに載って
転職先をさがしていたぼくは
まだ夢のなかにいた
夢のなかで猪木は何度もぼくにぶつかった
しあわせな夢だった
まっくろいパンツをはいた羊が
あたらしい芸をおぼえた
このたびサンプラザーだかのステージでお披露目されるらしい
しあわせは続いてく
線路のように
その上を走る黒い塊のように
猪木はもういないのに
めーとるは今でもぼくの相棒
ちょぷちょぷとてのひらを
なめてはやさしい声で鳴く
戻る 編 削 Point(4)