エンドロールだけを、ずっと。/大覚アキラ
ビーチもゲレンデもナイトプールもダンスフロアもレストランも、そういうのぜんぶいらなかった。あたしに必要なのは、きみの声が届く静かな空間だけ。音程、はずしてもいいからその声で歌ってほしかった。小さく、静かに、ささやくみたいに。ギターのチューニングも、すこしぐらい狂っててもよかったんだ。窓の外に降るのは雨なのか、星なのか、それとも雪なのか、目をとじてしまえばどれでも同じことだね。いつか見た景色の話とか、いつか観た映画の話とか、いつか行ったライブの話とか、そういうのもぜんぶいらない。そのうち行こうねって約束してたバーの話とか、あたしが連れてってほしかったグランピングの話とか、きみが食べてみたいって言ってたチリドッグの話とか、そういうのもぜんぶいらない。閉じた瞼の奥に降るのは、雨なのか、星なのか、それとも雪なのか、わからないけど時間だけがゆっくりと流れていく。ゆっくりと、ゆっくりと終わりに向かって流れていく。カップの中のコーヒーはすっかり冷めてしまって、乱れたシーツに残った体温も幻みたいに消えてしまって、どこか遠いところで誰かが眠りに落ちていく。それは、あたしなのかもしれない。
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