夏の日のプレリュード/そらの珊瑚
たどたどしい指が生み出す
バッハのプレリュードを
小さな鉢植えに収まったサボテンだけが
棘をかたむけて聴いている
他の観葉植物は枯れて
手元に残ったそれは
巣立っていった息子が置いていったもの
時折水をあげようとして
いつもうっかりその棘を指に刺してしまう
どんなに注意しても
なぜだか刺してしまう
この危険な植物が大きくなって
鉢を代えなければならなくなったら
どうしようという心配がよぎる
それを上回る切実な心配事は
忘れたふりが出来る
人は不思議な生き物
目を覚ますような鋭い痛み
刺し跡は肉眼では見つけられないほど
小さいのに
砂漠という器には
もう帰れない身の上の
机上のサボテンに導かれるように
痛みの名残りをあたためたまま
わたしはまた
ピアノの前に座る
遮光カーテンを引いて現れた
濃い影を
手に入れた、として
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