糸切り鋏/妻咲邦香
 
い難い
小さいながらもその分の生命のかさは十分にある
そんな感触が指先に伝わって
私は世界が怖くなる

もう思い出さないものが
いつか私を訪ねてやって来る
長過ぎて持て余してる時間が
扉の外で待っていた
私が顔を出すのを

此処が貴方の食卓だとは知らなかった
薄明かりの空
低く立ち込める雲に握り潰されそうになっても
忘れないでいてくれたその人に
私は何と挨拶しよう
貴方にとって私は
大人しい虫なのかもしれない

静寂が手を伸ばす
私はそっとくるまれる
そしてぽいっと外に出される
外は暗いだろうか
それとも寒いだろうか
私はまたこの世界に潜り込む
空きを見て何度でも
飽きるまで

そして大人しく居座るのだろう
箪笥の裏で埃にまみれた糸切り鋏の
その傍らから覗いた食卓が
甘く豊かな香りを放つ限りは

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