ある恐怖に就いて/幽霊
 
 僕は雷が嫌だ。落雷が嫌だ。落雷によって死ぬのが嫌だ。僕は死ぬことが一等いやだ。
 特別、落雷を受けて死ぬのが嫌だ。つまり僕は即死が嫌なのだ。すると脳天を銃撃せられるのも嫌だし、もう一つ列車に轢かれるのも嫌なはずである。しかし、列車の場合、迫り来るのを見ながら死の覚悟を試してみることが出来るではないか。世界に別れの挨拶が出来るではないか。拳銃の銃口を前にしても同様に。では、落雷はどうだろうか。
 ある日、なんでもない日常。買い出しのために外出。来年のカレンダー、買って家路を歩く。どうやら天気予報は外れたようで雷雲がごろごろと唸っている。構わず家路を歩く。明日は休日であるから何をしようかしら、などと思い巡らしていると次の瞬間には人生が終わっていた。落雷が見事、命中したのである。それっきり、それっきり永遠の闇。賑やかなテレビの画面にリモコンを向けて電源ボタンを押したような、そんな死。
 僕はそんな死が嫌だ。そんな死が怖い。そんな死がなにより恐ろしい。ほんとうにこわい。
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