景観と思考/番田
本と同じような感覚を鑑賞者に対して表現しないことには成立しない事がたしかに言えると私は思う。
それから、私は考えることをやめて街に出かけた。渋谷の交差点はいくつかの思い出が私にとってもあったりなかったりする。そんなことを考えているうちに信号は青に変わり、歩き出す、何があるわけでも無いのに魅力的に思える交差点と、その、広い空の下を向こうの通りに向かって、歩いて行く。すると、何かがあるであろうという期待がいつものようにして心の中をよぎっていた。そして、見えたビルにツタヤやスターバックスが入ったのはいつだったのかを思うけれど、はっきりとはわからなかった。のみくちのある蓋付きのコーヒーの入れ物が珍しかった頃、それを手にした僕は味の割には高いだとしか思わなかった。少し行くとランチを食べたことのある店があり、そこの二階で友人と席を共にしたことがあった。今もあるのかどうかは、行ってみないとわからない。でも、渋谷はローカルな店はほとんどないのが特徴だった。HMVの入っていたビルにはじめて入ったときには、六階建てのCDショップ自体の存在に胸を踊らせたものだった。
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