夏よ/妻咲邦香
 

誰かの宝物だったかもしれないものが
もう地平線の向こう側だ

行ってしまうんだね
露店に並んでた西瓜も
川面に浸した指先も
翅の取れた蝉の死骸も
みんなみんな引き連れて

私だけは置いていくんだね
あの乾物屋の子のえくぼも
置いていってはくれないんだね

夏よ
何も伝えられぬまま、見えなくなる夏よ
貴方が私にくれたものは
まだ使い切ってはいない筈
財布を確かめる
くしゃくしゃのレシートがこぼれて落ちる
別れの言葉は捨てるほど使ったけれど
「さよなら」だけは何処にもなかった

旅先で買ったものがもう名前だけになっている
今年はまだブランコにも触っていないというのに

また会えるだろうか
私が変わってしまっても
夏よ、貴方は会ってくれるだろうか
頭を垂れた向日葵の影を消し去り
今に童らの声も止むであろうこの場所で


戻る   Point(1)