夏よ/妻咲邦香
誰かの宝物だったかもしれないものが
もう地平線の向こう側だ
行ってしまうんだね
露店に並んでた西瓜も
川面に浸した指先も
翅の取れた蝉の死骸も
みんなみんな引き連れて
私だけは置いていくんだね
あの乾物屋の子のえくぼも
置いていってはくれないんだね
夏よ
何も伝えられぬまま、見えなくなる夏よ
貴方が私にくれたものは
まだ使い切ってはいない筈
財布を確かめる
くしゃくしゃのレシートがこぼれて落ちる
別れの言葉は捨てるほど使ったけれど
「さよなら」だけは何処にもなかった
旅先で買ったものがもう名前だけになっている
今年はまだブランコにも触っていないというのに
また会えるだろうか
私が変わってしまっても
夏よ、貴方は会ってくれるだろうか
頭を垂れた向日葵の影を消し去り
今に童らの声も止むであろうこの場所で
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