わたしは壁のなかに育ったが/凍湖(とおこ)
 
わたしは壁のなかに育った
壁の外に
出たことも見たことも聞いたこともなかったが
外があることを知っていた

夏、庇の下に燕がやってくる
燕は夏に来て冬に去る
燕が冬を過ごす地がどこかにあるのだろう
その地のありようまでは想像できず

雲が流れる
黒雲が雨を山ほど落としていき
この地の池が潤う
この水はどこから来た
おそらくどこかから運ばれてきた
途方もない水の旅路もわからず

わたしは壁の外に出たことはなかったが
壁の外からやって来るものはあった
だから、外があることを知っていた

わたしは壁の外に出たことはなかったが
壁にさわってみたことすらなかった
ぴったりと頬をつけて
耳をすませば
ああこの壁のなんであるかがわかるだろうか
ザラザラとしているようで重く
ふわふわと湯気のように掴みどころなく
ないようで、ある壁の影を踏む

わたしは壁のなかで育ったが
いつかは壁の外を知るだろう



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