灰燼から這い出る/幽霊
 
信した。亀が水面にちょこんと顔を覗かせている。小魚たちがせせらぎにそよいでいる。しかし僕がいくら近寄っても逃げない。蝉も逃げない。猫が無防備に僕の隣を通り過ぎた。不意に僕は感動してしまった。僕はうっかり天国にいるのだと思った。
 僕は想った、小説を書こうと。机の上に放り出したあの書きかけを書こう。たしか、「焼死」という題名だったはずだ。「孵化」に変えて書こう。あの部屋に帰って書こう。それにしても気分が良い。
 僕は今、すっかり澄み切っている。これまで僕の頭の中には重い靄がぐったりと立ち込めていた。僕は何度も頭を振った。犬のようにぶるぶると。まったく無駄で、重い靄は常に図太く居座った。そうして僕
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