花泥棒/やまうちあつし
 
丹精込めて育て上げた
ユリの花を奪われ続けた被害者が
加害者に言う
「あなたはユリしか目に入らないのか」 
   
「ユリしか目に入らない」
   
ついに言ってしまった
恥も外聞もなく
倫理的にかばいようのないことを
よくぞ言ったものだ
加害者はこのとき
この世で最も
ユリを愛する者だった
   
周囲の者たちはあきれながら
不覚にも感動してしまった
憤慨していた被害者でさえ
被害届を取り下げると同時に
鉢植えの一つを譲り渡そうとした
ところが加害者はあろうことか
贈られた鉢植えを地球に叩きつける

余計なことをしないでほしい
盗んだユリがいいのだ
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