春の花/田中修子
 
そうだね、
戦争があったんだ。たしかに。

私の血の中に流れる色のない祖母の声は、
終戦の真っ青な夏空をしている。

春はどうだったろう。そういえば戦争の春のことを
聞いたことがない。春は芽吹いて穏やかだった。
台所で一緒に、フキの皮を剥いて、
薄く醤油のしみた、澄んだ煮物の甘苦い香り。

あの、いつも清潔で皺のなかった、腰から膝までの灰色のエプロンは、
祖母が自分で縫ったんだろうか。
針と糸、布で。
乳白色のこぎん糸もあったから、
細かな十字を縫って
灰色の布を強くしたのかもしれない。後姿はしゃきんとしていて、
いっしょにお風呂にはいると、蓮華シャンプーとリンス
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