ラピスラズリのスケッチ、他/道草次郎
 
誘いにも軽々しく乗ることなく、首を横にふりたいとき時には、躊躇い無く首を横にふった。どのような経路を辿った感情も、彼にとっては風に揺れる街路樹のようなものに過ぎなかった。プラグマティックというにはあまりにも素朴で、求道者にしてはその眼差しをしていなかった。とにかく、掴み処が無いのだった。

たとえば、遠くを眺めながら不幸を経てしか得られない幸福の存在を仄めかしても、彼は競技場のトラックをいかにうまく走るかや、バスの時刻を気にする事をまず第一に優先させた事だろう。天井に設えられた巨大なサーキュレーターがゆっくりとその羽を回転させるように、彼は呼吸というものをしているような気さえした。

彼はどこか太陽の匂いがした。そんな、不思議な人であった。今、彼が少しだけ分かる気がする。ああいう人は、たぶん、世間には滅多にいない。歳月がいみじくもぼくに教えてくれたのは、ただそれのみだった。

戻る   Point(3)