幻の飛行魚/道草次郎
 
飛行魚があった。

駆動するエンジンを鼻先にたらし、くしゃみをしそうなプロペラに変換率を宛てがったそんな一尾の飛行魚があった。

よく計算されたその尾翼にはインドネシア人技師の指紋が刻まれていたかも知れない。羽をたたんだ鳥たちと、肩の荷を下ろした巨人労働者が空港に列をなすのをレインボーの気持ちで眺めつつ、その飛行魚はさっぱりとしたマリアナ海溝を泳いでゆく。

ふと空に目を落とした時、紫色のヒコーギョ雲の朝があってもいい。空腹で満たされる哀しみがあってもいいように。

浮力は機体を浮かべる筈だ。離陸してはじめてここが空でないと知るような計算式を使って。

しかし、それは一体誰にとっての夢だったのだろう……金属質の環礁の門がゆっくりと閉じられる。その虹色の鰓にファスナーが取付けられると、海は、空の彼方にしめやかな施錠の音を聴くのだった。

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