Memory Trains?「切り離し」/SDGs
ら、誰かが前日あるいは当日に列に並んで「下関 急行 大人10枚 子ども20枚」と申し込むことになる。望む急行には客が集中していて切符がとれない。といってもう一泊するわけにはいかない。あすは仕事だ。
「仕方がない。タクシーで帰るか」
別府から下関へ、タクシーである。距離は100キロ以上ある。道路の整備された今なら、あっという間だがその頃は市内こそ舗装されていたが、市と市の間は未舗装が多かった。タクシーを4台呼んだ。ピンクのキャデラックが来た。
当時のタクシーというとニッサンやトヨタの箱型を想像するだろうが、なにせここは「東洋一」の一大歓楽街だ。タクシーもテールフィンがピンと伸びた流線
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