11月1日所感(つれづれ)/道草次郎
。こういう人間の類型をたしか昔ドストエフスキーの小説の登場人物に見出した事をちょうど今思い出したが、思えばドストエフスキーが造形する人間というのは、現代に生きる我々の中にもじつにふんだんに見付ける事ができる。こういう素朴な驚きを入口として、自分もかつてはあの壮大なる小説世界に踏み入ろうとしたが、結局は中途で抛擲してしまった。機が熟したらいつかもう一度読んでみたい、そんな思いに支えられ、ここまで何とか生きて来られたような気もする。
性善説というのがあるが自分はもしかしたらこれなのかも知れない。しかし、なんでそんな風になったのかと思っても見当がつかない。特別な家庭環境に育った訳ではないと思うし
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