歌姫の墓前にて/服部 剛
病と闘うあなたが
病院の廊下を歩き
自らの動悸が乱れた時
どんな思いが過ぎったろう?
お母さんが見舞いに訪れ
病室を去った後
頬に涙の伝うあなたは
窓外の青い空をみつめ、呟いた
――風を浴びたい
* * *
あれから十年の時は流れ
あなたの面影は
朝になるといつも
あの日のままの部屋にいて
「おはよう」と、ドアを開ける
お母さんを待っている
ある日、お母さんは
詩の道を歩む僕と
駅の改札で待ち合わせ
近所の喫茶店で珈琲を飲みつつ
夢の続きを語らう内に
母と娘の二重の声が、胸に響いた
――あなたなら…できるわ
* * *
それから
日々の旅路を巡る僕は
ふいに風が吹き、葉が横切ると
あの二重の声を思い出す
歌姫が世を去って
十年の命日
花々に囲まれた墓前に立ち
両手を合わせる
――あなたの分も、僕は生きる
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