ロングパス/六九郎
 


 ただならぬ妻の叫び声に、ビールの缶を冷蔵庫に戻し男はリビングへ顔を出す。
リビングの一角に据えられた真新しく愛らしいベビーベッド。
ベッドの横に佇む見知らぬ赤毛の女。
赤毛の女のえんじ色のセーター。
えんじ色のセーターの両腕の中の白い塊。
白く柔らかな赤ちゃん毛布に包まれた白く柔らかな赤ちゃん。
状況は一瞬で見て取れたが、それを飲み込むのには少々時間を要した。
「おまえ何してる…」
彼の口から漏れたのは、動揺を隠しきれない間抜けな声とありきたりなセリフ。
「それをこちらへ渡せ…」
懇願するように弱々しく差し出された彼の右手、その手を見つめる見開かれたままの冷たいガラス
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