鈴虫によせて その1/すいせい
 
       手紙




こすりあわせれば
音がなる
はじめて知った
秋に


ようやく朽ちた舟を漕ぎだす
枯葉で満ちた池に
かつて足指を浸すことはなかった
もしも傘があったなら
そう言って眼鏡の奥の瞳は
笑っていたように
思う


もう読めなくなった消印に
また一枚枯葉が落ち
鈴虫が鳴く理由を
探している


きまじめを装って
本当の話をするねと言った
それと知ったのは
掠れてしまった
頃のはなし


両手ですくう
滴り落ちるまで水面は
わたしの手にあっても水面のままで
写しとられた風景は
肘を伝って逃げていった
いまも、その時も
かわらずに


触れる事の出来ない手は
ひそかにも鳴ることはなく
鈴虫だけが
あの時吹くはずだった風の
行方を探している


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