幻影に/道草次郎
 
明けきらぬ午前四時半の空に星がきれいだからと行ってみれば、確かに、星は潤んだ涙。

昨晩降った豪雨は大気間に微細な汚れ一つ残さず空と雲とを清めた。あのかすみ雲を指さして「はやいら!」という吾子の幻燈。低いんだょ、あれは低い雲で、だから疾くながれてるんだょ…。

清らの風がうなじを駆けぬける。

キャッキャと小鬼みたく可愛く夜露の叢へ走り出すや「あの?.*?なあに」と。澄み切った東の空に明けの明星ひとつ。いっとう明るくその光を放ち、海豚の尾びれのきらめきのように夜空にかかっていた。あれはね、金星。Venus(ヴィーナス)。きれいな女性(ひと)がいるお星さま。夜空で一番キラキラだょ。

「ふーん」という蛍のような明滅も無く、幻の吾子の姿はいつしか消えていた。

微風とともに運ばれてくるかすかな朝の成分。擽られた鼻腔に爽やかな果物が実る。目をつむり毛孔をひとつ漏らさずキュッとさせる。
いまだ明けきらぬ夜と朝のはざかいに、山なみは既にその稜線を現し始めているところだった…。
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