夜に捧げる何か/道草次郎
 
た。
嗚咽を愛おしく感じるほどまでにぼくの胸はぼろぼろとなり、しょっぱい涙の味と止めどなく流れる鼻水だけが自分を罰してくれるような気がした。さらには即席の恩寵すらも与えてくれるような気もした。
呼吸が落ち着いてくるにつれ、ぼくは少しずつ冷静さを取り戻していった。
今の事で妻が起きてしまわなかったか、そればかりが気掛かりでどうしようもない自分が再びそこにはいた。

後日、知ったところによると、あの歳若い上司はいきなり何の前触れもなくぼくが電話口に出現したことにかなりの憤りを感じたらしい。
妻にむかって冗談めかしてではあるが、絶対に許さない、とも言ったそうである。
妻はそれをぼくにいちいち報告した。
ひとしきり不満を口にしてから、普段は滅多に見せないキツイ口調で、「あいつふざけんなよマジで」と空中に視線をさまよわせながらつぶやいたことを覚えている。

キッチンに戻ってきて椅子に腰掛けたぼくは、暗闇のなかでふたたび目をつむった。
そして、目をあけると一つの小さな決心をした。





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