ドジョウの話/道草次郎
心奪われる詩、とりわけ自由詩のそれにかんしてはだいたい数行読んだだけでピンと来て、後頭部から頭のてっぺんにかけてスッコーンと何かが抜けるものだ。
しかし、なかには例外もあり、これが不思議なところではあるのだが、最後まで読んでみないと分からない作品もある。
作品の評は人様々だ。読み方は本当に色々で、一人ひとりが持ち前の荷物に腰を曲げ、そのままの姿勢でもってそれを読んでいる。
あんまり重い荷物なら屈みすぎた状態から上目遣いで見上げるようにして読むわけで、それはそれなりの読み方を成すわけだ。
逆にリュックには軽石ぐらいしか入ってないよという人だって実際にはいて、またそれはそれで面白い
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