ぼく/為平 澪
 


 うれしいこととかなしいことが上になったり下になったりして、ぼくの中で処理して沈めることが難しくなり始めた。汚れてさび付いてやがて罅割れていくぼくの夢の先に、もっと深遠で、罅割れていないぼくの塊が輝いて見える。いやだ、そういうものをあの人に見せるのは! それを言葉にしようとしているぼくは、なんて卑しいのだろう…!

 あの人はいなくなった。
夜しか外に出ることができない人だった。陽の光に皮膚が耐えられない病気を抱えていたと噂で聞いた。夜に病院を抜け出して、バケツを持って徘徊するキケンな人だと人々は言った。

ぼくは言いたかった。
彼女は夜、ぼくの服を洗って身体を拭いてくれたんだよって。彼女は精一杯生きていて、みんなが使う一番汚い場所をきれいにしてくれたんだよって。そして今、人が指さすキケンな人として住民たちが彼女の体を切り刻み、ぼくの口から腹の底へと投げ込んだのだよって。
ぼくは…、ぼくは…!
ぼくは口を開けて みんなにみせたい!

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