とおい記憶/草野大悟2
 
きる。
 ………初夏。用水路のあちこちで、うす水色のちいさな淡い光たちが舞いはじめる。眺めていると、そのままどこかへ引きずり込まれそうになる。うちわを右手に持ち、左手にお気に入りの缶ビール。
 いい宵ですね。そうですね。ほーんと、蛍きれいですねえ。ええきれいですね。
 永遠に眺めつづけて、引きずり込まれるのもいい、と覚悟を決める。車のとおりも途絶え、蛍の羽音だけがきこえる…。きこえる? 蛍の羽音が? 
 耳がほんとうに知覚した音なのか? あの夜の、ズブリとした肉の感触ではないのか? わからない。なんにも。わからない。
 肉の感触が、嗅覚をまとい、赤へと導く。導かれるままに長い時を浮遊する
[次のページ]
戻る   Point(3)