息子への手紙/服部 剛
 
時は昭和三十三年のプロ野球
日本シリーズ
巨人に三連敗で
絶体絶命の西鉄ライオンズ
エース稲尾和久は残りの四試合全てに登板
チームを逆転優勝に導き
翌日の新聞には
「神様・仏様・稲尾様」
の見出しが躍った

やがてユニホームを脱ぎ
六十歳を過ぎた稲尾氏は
テレビの中で語った

――なぜ失敗したかより
  なぜあの時うまくいったか、です 

    *

昭和四十九年生まれのパパは
ピッチャー稲尾の勇姿を知らない

パパは今日、特別支援学校の
保護者会に行った
若い先生は言った
「小さな反応を見逃さないことです」
だから
今夜パパは{ルビ胡坐=あ
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