ぴよちゃん/佐藤伊織
波の音。
「それで、逃げてきたんだ。」
「…うん。」
石を手のひらで転がす。平の髪は風で顔を隠す様にゆれている。
「ぴよちゃんは?」
「いるよ。」
ぴよちゃん。ああ、あの黄色いぴよぴよした姿が一瞬脳内をよぎる。
大きな波がきて、足の指の数センチまで砂が濡れた。
平は石を投げた。
「水田さんの言う事を『はいっ、はいっ』って聞くんだ。ぴよちゃん。」
「うん。」
「だけどさ、歩いている間に、ぴよちゃん忘れちゃうんだ。」
風が一段と強くなった。波からあらわれる無数の白い泡が弾ける音で、僕らの耳は少しの間塞がれていた。
「…鳥…だもんな…。」
次から次へと現れては消えて行く波に、平は何度も石を投げつけた。
そうして、二人で暗くなるまで海を見ていた。
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