はじまりは揮発していつしか空が曇る/かんな
 

生命線をなぞる
左手のひとさし指でいちど君と
出会った気がした真昼に
やさしく訪れるように降る雨が
こころに刺さる氷柱を一欠片ずつ
溶かしていく夜に冬が泣く
何度も読んだ小説の
一行目のことばを
思い出せずにキッチンでお湯が沸くように
世の中のすべての出来事の
はじまりは揮発していつしか空が曇る
小鳥が奏でる朝の楽譜の
音階を上るように二階の君にキスをする
湯気を立てるマグカップの取手に仕掛けた
トーストにうすく塗り込む
いくらかの愛を
畳んで大切に引き出しにしまい込む日々に
虹を駆け上がる我が子の
右手が明日の端っこに届くと
風になびく春の匂い


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