ポンペイにて/春日線香
 
用水路には白いザリガニが繁殖している。腹の破れた魚が死なずに泳ぎ続ける。



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風の音だけだ。目の端に現れた黒点がじりじりと眼球を横切る。なにか饐えた匂いが漂っていて天井はやけに低い。首から腰までの接続がわずかにずれて調和を乱している。窓枠に限られた空に月が四つも散りばめられ、彼方で橋が静かに燃える。



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終わりそうで終わらない長い夢。換気扇の中には姉妹が住んでいて、朝になると這い出てきた痕跡が残っている。写真に撮ったこともある。なんともいえない泣き笑いのような顔をして、二人とも子供なのにひどく年老いている。もう死にそうだった。



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半分欠けた男がそこにずっといる。少しバランスを崩した姿勢で片手を上げて頭上を指している。空にはくっきりと飛行機雲が走り、昼の月が静止している。写真の隅に写り込んだような彼を、カラスも雀も、配達のバイクも突き抜けて、平然と暮らしている。





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