小夜時雨の街/帆場蔵人
んだから。
お前は息をひそめ 鳥たちの目ざめや
太陽のあしおとに 耳を澄ませている
そうして
慎ましく
そっ、と
目醒めの鐘を振る
それは小鳥の囀り
それは白む空の色
それは海の小々波
それは潮のにおい
漁師たちの足おと
わたしは間(あはい)を歩みながら
お前を待っている、朝よ
あさよ、朝よ、朝よ、と声は木霊してゆき押しのけられた空気の流れが風になり、ナジムが歌い始める。そうして目醒めの鐘が町をさざ波のように朝に塗り替えていく。雨粒が空に落ち始めて雨雲は口を開けて迎えている。もう傘も提灯もいらない。手放した赤い傘も吸い上げられていく。朝が来たのだ。ナジム宛の手紙、ナジム、ナジムはそう言えばぼくの名前だ。朝と夜の間だけ、ぼくは小夜時雨の町を歩く。あぁ、小夜時雨の町からぼくらは朝には帰るのだ。たくさんの傘が群れをなして空に吸い上げられていく。銀鼠たちがシシッと笑いながら、前脚を器用に振っている。手紙になんて書かれていたのか、明日は忘れずに見なければいけないね。そして現の朝はやって来る。おはよう、ナジム。
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