南の信仰/春日線香
これはあったこと。誰も憶えていない、誰も見ていない地上の。
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三輪車がテトラポットの隙間で朽ちている。フナムシの高貴な城がはるかに聳え、影は複雑な表情をする。釣り人が残していった浮きが散らばり、一人の影が両腕を上げて防波堤の先へ駆けていく。痩せ細った胸。南の信仰。フェニックスの木陰。
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彼は今、詩を書いている。
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火山由来の地下水が地下を通って海底に湧くらしい。アパートの駐車場にしゃがんで遊んでいた子供が、五時のチャイムを耳にして家に帰る。彼の家には広い窓がある。窓の向こうには湾があり、湾には古い町が沈んでいる。海の底で暮らす人々がいる。
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