ムーランルージュのふたり/そらの珊瑚
 
毛は、かすかに息をしている。でも哀れな栗鼠のこの分身は、もうふるさとには還れない。
 高価なものだということは分かる。
 ジャンの気遣いも分かる。
 でもちっとも嬉しくない。あたしが死んだあと、刷毛は骨董市で売られ、生き永らえる。そして、あたしの身体はきれいに滅んで、だけどこの想いはいったいどこへ行くのか。
 最高級の刷毛よりも、道端で売っている安い花の方がどれだけ嬉しかっただろう。それが明日には枯れる花であったとしても。いや、枯れてしまうからこそ。
 やはり私はジャンにとって女ではない。喜劇を編むための相棒に過ぎないのだとマリアは悟った。

 鏡台の前に座ったマリアは、水おしろいを刷毛にのせ顔に塗る。ひんやりする。細胞が閉じられていくようだ。
 ――コメディを演じるということは、人間としての熱を下げなければ出来ない因果な商売だわ。
 マリアは明るい鏡に映る真白い肌のもう一人の自分を見つめた。
 
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