ムーランルージュのふたり/そらの珊瑚
なったら、あたしはもう劇場の支配人となんか寝ないわ。支配人いわくあたしたちは落ち目の芸人らしい。俺と寝るなら劇場に出してやるですって。そんなの簡単だった。人形になればいいだけの事。もちろんジャンは知らないけれど。
「そんな日が来てほしいのかい、マリア」
「来てほしいような、来てほしくないような」
「どっちなんだい?」
そんなの決められないわ、でもとりあえず今夜の準備を始めよう、とマリアは思った。
マリアは刷毛を手に取る。
それは赤栗鼠の毛で作られた刷毛。柔らかく肌に優しい。ジャンからのプレゼントだった。
刷毛のにおいをかぐと、かすかに森のにおいがする。たぶんまだこの刷毛は
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