ノーム/浅見 豊
 

 ノームの目には ほかに何も映ってはいなかった
 青い空
 白い雲
 風にざわめく木々の枝
 その目に写し取られた風景は まだ世界としての意味を与えられ
てはいなかった いまだどこにもいない者
 岩
 草
 小川
 生まれてくることを畏れたあなたのように
 ノームの眼差しはおびえている
 水の中の魚をみとめて
 生き物を知った
       彼は
 すでに神に愛されてしまった
 透きとおったやさしげないのち

  風を愛してしまったのなら
  草に語りかけるがいい
  まだ知りもせぬおまえの喜びを
  その心が海をもとめて止まぬと言うのなら
  せせらぎに唇を近づけて呼ぶがいい
  まだ始まりもせぬおまえのかなしみを

  手を世界に向けて差し伸べても
  おまえの指は誰にも触れない
  おまえのいのちは誰にも触れない

 ノームよ
 おまえは生きてはいない
 おまえは生きてはいないのだ
 風や鳥や雲や
 おまえの愛するたくさんの生き物たちと同じように
 おまえは生きてはいない


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