樅の木/ヒヤシンス
村のはずれの小さな宿で彼の残したシベリウスを聴いていた。
作品75の5、樅の木。
流れるようなその旋律に眩暈を覚える。
まるで夢のように去っていった彼みたいに。
夕暮れの中、いつも一人でぼんやりしていた私を
彼は解放してくれた。
彼の笑顔は私の笑顔だった。
いつしか私は彼を愛するようになった。
良い思い出は時に私を苦しめる。
時間と病魔は彼と喧嘩する猶予も与えなかった。
だが、三十年たった今でも彼は私の胸の中にいる。
緑に囲まれた宿の裏手に大きな樅の木が立っている。
シベリウスの流れる小さな部屋からそれは見える。
今年もたった一人のクリスマスは容赦なくやって来るのだろうな。
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