シェルター/汐見ハル
 
人のすすり泣く声が聞こえても、
もう、もどれないのよ。

なぜ、そう思うの。

尋ねたら彼女はゆっくりと起き上がり、
かすかに首を傾けて、

だってあたしの父さんは
そうやって死んでいったから。
あたしが七つのときだった。

風。
砂粒がまぶたに混ざりこんで、

最期まで自分の病名を知らされず、
三度めの入院で、意識が濁っていくまでの間
半分になった胃袋で
わらいながらあたしの作ったプリンを飲み込んだり
かさついて、黄色くなったゆびで
髪を漉いてくれたり。

うん。

泣かないで。
感傷ならまっぴら。

うん。

あたし、愛されてたよ。

うん。

毛布、みたいに。
くるまれて。

寝転ぶぼくはこぶしで両眼を押さえる。
膝を立てた姿勢でぼくの顔を覗き込む彼女、
一瞬、髪の毛ひとすじ
ぼくの頬を撫ぜて
それがくすぐったくて笑おうかと思ったけれど

ねえ、行こう。
一緒に。

少しなら、待っていてあげるから。
戻る   Point(7)