自転車/鷲田
コンビニエンスストアに立て掛けてある
古びた自転車
持ち主は失踪した
所有権という日常を放棄して
自転車のブラックの塗装は
剥がれかけ
座席のカバーには切れ目が入っている
誰かがナイフで切り裂いたのだろう
役割を消失したガラクタ
もう走ることはない
日々の暮らしの意味
コンビニエンスストアの店内では
商品の売買が繰り返され
需要を満たした客という人間達は
適正な値段の適正な満足を手にし
帰宅していく
夜の街
公園に灯る人口の光
夜祭で一頻り遊んだ子供達
夏の空気は湿っていて只管に熱い
自転車は日常から忘れられた
寂しさという感情も持たずに
残っているのは一つの画
壁に寄りかかった金属の
夏の夜の一枚の静寂
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