昭和バス/為平 澪
 
昭和という小さな家族の乗り合わせ
不思議で不可欠な力が運転していく昭和バス
十才半ば、私の春
道路工事の終わった平成通に差し掛かると
祖父の姿は消えていた
草履では歩きにくくなった、と呟いて
晩酌の一合升を、置いたまま

平成の角を横切って
芝居小屋の前を通過するとき
祖母が赤紫色のボタンを一つ鳴らした
好きな芝居が来たのだ、と
バスの外から手を振った
待ち合わせの女友達と小屋へ行き
シートに五銭の入った、ガマ口を残して

桜吹雪の晴れた日に
父は病院からバスに乗り
長く曲がりくねった坂道を
下りながら昇って行った
ここをでたらもう一花咲かせる、と
自分の灰で花を咲かせる人だった

  幾度も春と夜の目を盗んで  
  修羅と鬼の隙間を掻い潜り
  たくさんの峠を越えて
  昭和バスは黄昏時の山へと向かう

花に涙雨
滴り貼りついたままの花びらを窓辺に伺い
言葉少なになった母が
どの景色も綺麗やった、と
心拍数に手をやりながら
姨捨山の切符を握り
唇を結ぶと
年老いた猫の目をじっと見る


戻る   Point(6)