望遠カメラ/為平 澪
 
高級カタログで見た望遠カメラ 
小田急線で持っている人を見かけて 
少しだけ羨ましかった 
ある日 望遠カメラをくれるという人が現れて 
私は有頂天で貰い受けた 
ピントの合わせ方も手つきも 儘ならなくて 
もどかしいだけの品物だったけど 
ずっしり重いボディが程よく 腕に馴染むころ 
女郎蜘蛛たちの罠にかかった獲物の言い訳や 
背丈を競い合うセイタカアワダチソウの企みや 
顔のない都会の上面くらいには 
ピントを合わせられるようになった 
私は望遠レンズが見せる景色に夢中になった 
見えなかったもの、知らなかったこと、 
美しいものと、汚いもの、 
何もかもが新鮮で 私の目はレンズが映しだす 
正義の言いなりになった 
もっと高い所へ、もっと高い所から、もっとすごい高みへと 
焦点を合わせようとした時 足元が何かにつまずいた 
  ─ 老いた母の死体だった 
壊れたカメラを抱いて 
ピントのずれた頭と焦点の合わない目をした私が 
瞳孔を開いたままの母の目に 写し出されていた 
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